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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12545号 判決

原告

村崎稔

ほか二名

被告

山室いくよ

主文

一  被告は、原告村崎稔に対し、金一七〇万五九六七円及びこれに対する平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告村崎徳美に対し、金四二六万六七六一円及びこれに対する平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告村崎裕に対し、金三三万円及びこれに対する平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告に対するその余の各請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告らの、その余を被告の負担とする。

六  この判決は第一項ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告村崎稔に対し、金二八〇二万九一二五円及びこれに対する平成二年八月一三日(事故日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告村崎徳美に対し、金一六八七万四八二六円及びこれに対する平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告村崎裕に対し、金八八万円及びこれに対する平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

本件は、普通乗用自動車に乗車中センターラインを超えてきた普通乗用自動車と衝突し負傷した原告らが、右運転者に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、損害の賠償を求めた事実である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

〈1〉 日時 平成二年八月一三日午前一時三〇分ころ

〈2〉 場所 福井県小浜市大興寺八号三番地の一先路上

〈3〉 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(神戸五八さ三一三三号、以下「被告車」という。)

〈4〉 被害車両 原告村崎稔運転、原告村崎徳美、原告村崎裕同乗の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)

〈5〉 事故態様 被告車がセンターラインを超えて原告車に衝突した

2  被告の責任原因

被告は被告車の保有車であり自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当する。

3  原告村崎稔(以下単に「原告稔」という。)の負傷及び治療状況

原告稔は、本件事故により右上肢切創、胸骨骨折、頭部打撲、右膝挫傷及び頸椎捻挫の傷害を負つた後

〈1〉 公立小浜病院に、平成二年八月一三日通院

〈2〉 医療法人社団誠会城東病院に、平成二年八月一四日から平成五年六月五日までの間通院(実通院日数六三一日)

〈3〉 医療法人早石会早石病院に、平成二年八月二一日から同年九月二一日までの間通院(実通院日数七日)

〈4〉 医療法人大道会ボバーズ記念病院に、平成三年一二月九日通院した。

4  原告村崎徳美(以下単に「原告徳美」という。)の負傷及び治療状況

原告徳美は、本件事故により外傷性頸部症候群、右親指MP関節尺側々副靱帯損傷、腰部及び両下腿打撲の傷害を負つた後

〈1〉 医療法人早石会早石病院に、平成二年八月二五日から同年九月一五日まで二二日間入院し、

〈2〉 公立小浜病院に平成二年八月一三日通院

〈3〉 医療法人社団誠会城東病院に、平成二年八月一四日から平成四年八月三一日までの間通院(実通院日数三〇五日)

〈4〉 医療法人社団誠会城東中央病院に、平成二年八月一六日から同月一八日までの間通院(実通院日数二日)

〈5〉 医療法人金井産婦人科に、平成二年八月一七日通院

〈6〉 医療法人堀木整形外科に、平成二年八月二〇日から同年一二月六日まで通院(実通院日数四日)

〈7〉 医療法人早石会早石病院に、平成二年八月二一日から同年一〇月一五日までの間通院(実通院日数一五日)した。

5  原告村崎裕(以下単に「原告裕」という。)の負傷及び治療状況

原告裕は、本件事故により右手背裂傷及び右足底刺創感染の傷害を負つた後

〈1〉 公立小浜病院に、平成二年八月一三日通院

〈2〉 医療法人社団誠会城東病院に、平成二年八月一四日から平成四年八月三一日まで通院(実通院日数一四日)

〈3〉 医療法人早石会早石病院に、平成二年八月二一日から同月二五日まで通院(実通院日数二日)した。

6  原告稔の損害填補額

原告稔は、被告から前記各病院の治療費合計額二八二万八一五〇円全額の支払を受けている。

7  原告徳美の損害填補額

原告徳美は、被告から医療法人金井産婦人科を除く前記各病院の治療費全額一九二万三八九〇円の支払を受けている。

8  原告裕の損害填補額

原告裕は、被告から前記各病院の治療費合計九万一七三〇円の支払を受けている。

二  争点

(一)  原告稔について

1 原告稔の相当治療期間、後遺障害の程度

(原告の主張の要旨)

原告稔は、平成四年八月三一日、本件事故によつて頸椎の五番と六番の間に異常な湾曲、頸椎の三番と四番の間に軟骨が突出し、左肩から肘にかけて知覚鈍麻の症状、頸椎を後ろに三五度反らしたところで左上肢に放散痛が生じるという後遺障害を残して症状固定した。

右後遺障害の程度は、自動車損害賠償補償法施行令別表後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という。)一二級一二号に該当するものである。

(被告の主張の要旨)

その治療経過に鑑みると、原告稔は平成三年三月末日には症状固定の状態にあつたもので、その後遺障害の程度は、治療状況、症状所見から見て自動車損害保険料算定会の認定どおり等級表一四級一〇号に止まるものである。

2 原告稔の損害

原告の主張額

〈1〉 治療費(文書料を含む、以下同様) 二八二万八一五〇円

〈2〉 休業損害 七三三万六五三三円

〈3〉 後遺障害による逸失利益 一一二七万六四九〇円

〈4〉 通院慰謝料 二三六万八〇〇〇円

〈5〉 後遺障害慰謝料 二〇〇万円

〈6〉 胎児死亡による慰謝料 二五〇万円

よつて、原告稔は、〈1〉ないし〈6〉の合計二八三〇万九一七三円から、損害填補額二八二万八一五〇円を差し引いた二五四八万一〇二三円と相当弁護士費用〈7〉二五四万八一〇二円の合計額二八〇二万九一二五円及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  原告徳美について

1 原告徳美の相当治療期間、後遺障害の有無・程度

(原告の主張の要旨)

原告徳美は、平成四年八月三一日、本件事故による左頸部の圧痛、右握力の低下、右親指の可動域制限、同指の屈曲時に右手人差し指も一緒に屈曲する等の後遺障害を残して症状固定した。右後遺障害の程度は、等級表一二級に該当する。

(被告の主張の要旨)

その治療経過に鑑みると、原告徳美は平成三年三月末日には症状固定の状態にあつたもので、右時点で自動車損害保険料算定会の認定どおり等級表に該当するような後遺障害は存在しなかつた。

2 原告徳美の流産と本件事故との因果関係

(原告の主張の要旨)

原告徳美は本件事故当時妊娠していたが、本件事故により胎児が死亡した。

(被告の主張の要旨)

原告徳美の流産は本件事故前に起きたものであり、本件事故との因果関係は認められない。

3 原告徳美の損害

原告の主張額

〈1〉 産婦人科病院を含む治療費 一九四万三三六〇円

〈2〉 入通院交通費 一三万二五二〇円

内訳

城東病院へのバス運賃片道一六〇円×六〇九回で九万七四四〇円

早石病院への電車、バス運賃片道三一〇円×二〇回で六二〇〇円

タクシー代二万八八八〇円

〈3〉 入院雑費 二万九九〇〇円

〈4〉 自動車学校支払ずみ料金 一九万三八〇〇円

原告徳美は右額を自動車学校に払い込んであつたが、本件事故によつて教習を受けることができなくなつた。

〈5〉 休業損害 一五三万〇八〇〇円

〈6〉 後遺障害による逸失利益 七一一万七〇六一円

〈7〉 入通院慰謝料 一三一万七二〇〇円

〈8〉 後遺障害慰謝料 二〇〇万円

〈9〉 胎児死亡による慰謝料 三〇〇万円

よつて、原告徳美は、〈1〉ないし〈9〉の合計額一七二六万四六四一円から、〈1〉のうち被告から支払を受けた一九二万三八九〇円を差し引いた一五三四万〇七五一円と〈10〉相当弁護士費用一五三万四〇七五円の合計額一六八七万四八二六円及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)  原告裕について

原告の主張額

〈1〉 治療費合計 九万一七三〇円

〈2〉 慰謝料 八〇万円

右慰謝料には通院慰謝料及び原告裕の右手背に残存している傷による後遺障害慰謝料を含む。

よつて、原告裕は、〈1〉〈2〉の合計から〈1〉の損害填補額を差し引いた八〇万円及び〈3〉相当弁護士費用八万円の合計八八万円及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点についての判断

(一)  原告稔について

1  争点1(原告稔の相当治療期間、後遺障害の程度)

(裁判所の認定事実)

証拠(甲七、八、乙一、二の一、二、乙三ないし七四、一三七、原告稔本人(第一回、第二回)、宮川貞男証人)及び前記争いのない事実を総合すると、次の各事実を認めることができる。

〈1〉 頸部捻挫以外の治療状況

原告稔(昭和三〇年一〇月三一日生、当時三四歳)は、本件事故により、右上肢切創、胸骨骨折、頭部打撲、右膝挫傷及び頸部捻挫の傷害を負った。右胸骨骨折についてはX線上の明確な骨折の所見が認められず、胸骨のひび程度にとどまるものであり、カルテ上平成二年九月一二日に「咳の際胸部痛がある。」との記載があるだけで、以後記載がない。そして、右膝の挫傷についても、X線上の所見はなく、右上肢の切創も平成二年八月二三日には抜糸され、創口もきれいであり、カルテ上も平成二年九月一日以後これに関する記載はなく、いずれも早期に治癒したものと認められる。

〈2〉 頸部捻挫の治療状況

頸部捻挫に関しては、平成二年九月一七日現在において、ジャクソンテスト、スパーリングテストは異常がなく、知覚も正常であったものの、項部、肩の痛みが事故時から継続していたため、翌一八日からリハビリがなされ、城東病院への通院期間である平成五年六月五日まで、専らリハビリに終始した。

その間、カルテ上は、項部痛、背部痛の記載があるだけで、変化なしの記載が続き、握力測定も平成二年一一月一四日に右四三キログラム、左三〇キログラムにとどまつたものが、平成二年一二月一九日には、右五〇キログラム、左四〇キログラムにまで回復し、以後ほぼ同様に数値が測定されている。

平成四年三月九日診察の際には、ジャクソンテスト及びスパーリングテストが左だけ陽性であつたがその前後を通じ、異常反射は認められなかつた。

〈3〉 症状固定の診断(特に甲七)

原告稔は平成五年六月五日症状固定の診断を受けたが、その際の城東病院医師宮川貞男の作成の後遺障害診断書によれば、自覚症状としては、左頸肩痛、頸椎後屈時左上肢への放散痛、左上腕しびれ感、肩凝りが、他覚的所見としては左上肢の知覚鈍麻、C(頸椎)五・六間の屈曲、C三・四の椎間板の背側正中への突出が、頸椎後屈三五度にて左上肢放散痛、スパーリングテスト左陽性の各症状が指摘されている。

〈4〉 宮川医師の見解(特に証人宮川貞男)

右医師は、「原告稔の主たる症状、背部痛、頸部伸展での上肢放散痛で、その改善に向けてリハビリがなされてきたものであるが、基本的な症状に変化がなく、平成四年一月に初めて同原告を診察した際にはすでに症状固定に達していた。原告稔の症状の推移から見て、事故から三か月あるいは六か月単位で症状固定に達していたと考えるべきである。」との見解を示している。

(裁判所の判断)

(1) 前記認定のように、原告稔の頸椎捻挫に関する症状は、全通院期間を通じ基本的変化がないことを考えると、原告稔は遅くとも本件事故の後、半年以上を経た平成三年三月末日までには症状固定したものと考えられる。宮川医師の見解もほぼこれと同様である。

(2) 右固定時における原告稔の後遺障害の程度は、等級表一四級一〇号に該当するももである。原告稔にはスパーリングテスト陽性の結果等一定の所見があり、左上肢の放散痛ていう症状も宮川証人によれば、第三、第四の頸椎椎間板の突出という変形と符合しており医学的に説明可能なものであるから、同原告の後遺障害は少なくとも等級表一四級一〇号に該当することが認められる。しかし、それ以上にレントゲン上、神経への明白な圧迫も認められず、同証言によれば頸椎の変形も経年性によるものである可能性が否定できないことからすると、等級表一二級一二号までは達していない。

そして、右症状は平成三年三月末日の症状固定時期から六年間継続するもと考えられる。

2  原告稔の損害

〈1〉 治療費 六九万二二九〇円(主張二八二万八一五〇円)

証拠(乙二の一、乙四、六、八、一〇、一二、一四、一六、一八、二〇、二二)によれば、事故日から平成三年三月三一日までの治療費は合計六九万二二九〇円である。

〈2〉 休業損害 九三万三五七八円(主張七三三万六五三三円)

証拠(甲一七、一九の一ないし三、甲二〇、原告稔本人(第一回)、原告徳美本人)によれば、原告稔は当時従業員二人を使用して鋳造業の仕事をしており、その経費は不明であるものの、その売り上げ額は少なくとも年間一五〇〇万円程度には達していたこと、右事業による所得だけによって妻と子三人を扶養していたことが認められる。

右認定事実から見て、原告稔は、当時平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計男子労働者三〇歳から三四歳までの平均年収四六六万七九〇〇円の収入を得ていたことが推認できる。

前記認定の原告の症状の推移、特に事故後同原告は頸椎捻挫以外に右上肢切創、胸骨骨折等の傷害を負つたこと、右各傷害が治癒した後は、症状に基本的変化がなかつたことと原告の仕事の内容を加味して考えると、事故日の平成二年八月一三日から症状固定日の平成三年三月末日までの七か月半の間、当初一か月半は平均してその労働能力の八割を、残余の六か月は平均して二割を失つたとみるのが相当であるから、その休業損害は九三万三五七八円となる。

計算式

四六六万七九〇〇円÷一二月×〇・八×一・五月=四六万六七八九円(円未満切捨以下同様)

四六六万七九〇〇円÷一二月×〇・二×六月=四六万六七八九円

なお、右計算は月単位によるため、端数の日数が生じるが、この点に各労働能力喪失割合に折り込みずみである。

〈3〉 逸失利益一一九万八二四九円(主張一一二七万六四九〇円)

等級表一四級の労働能力喪失割合は自賠及び労災実務上五パーセントとされていることは当裁判所に顕著であり、このことと原告稔の仕事の内容を考え併せた場合、原告稔は、前記年収を基礎に症状固定後六年に亘り、五パーセントの労働能力を喪失したことが認められるから、その逸失利益は一一九万八二四九円(四六六万七九〇〇円×〇・〇五×五・一三四)となる。

〈4〉 通院慰謝料八〇万円(主張二三六万八〇〇〇円)同原告の傷害の部位、内容、程度、症状固定日までの通院状況に鑑み右金額を相当と認める。

〈5〉 後遺障害慰謝料 七五万円(主張二〇〇万円)

同原告の後遺障害の程度に鑑み右金額をもって慰謝するのが相当である。

なお、後記のように本件事故によつて胎児が死亡したことが認められるが、これによる損害は原告徳美の慰謝料によつて填補できるものであつて、原告稔に固有の慰謝料を認める必要性はない。

3  原告稔の賠償額の算定

〈1〉 2の〈1〉ないし〈5〉の合計は四三七万四一一七円である。

〈2〉 〈1〉から前記損害填補額二八二万八一五〇円を差し引くと一五四万五九六七円となる。

〈3〉 右金額、本件審理の内容・経過に鑑み、相当弁護士費用は一六万円である。

〈4〉 〈2〉〈3〉の合計は一七〇万五九六七円であるから、原告稔の被告に対する請求は右金額及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(二)  原告徳美について

1  争点1(原告徳美の相当治療期間、後遺障害の有無程度)

(裁判所の認定事実)

証拠(甲九の一、二、甲一〇の一、二、甲一一、一二、乙七五ないし一二八、一三八、原告徳美本人、宮川貞男証人)及び前記争いのない事実を総合すると、次の各事実を認めることができる。

〈1〉 原告徳美の治療状況

原告徳美(昭和三五年二月二三日生、当時三〇歳)は、本件事故により、外傷性頸部症候群、右親指MP関節尺側々副靱帯損傷、腰部及び両下腿打撲の傷害を負つた。右打撲については早期に治癒した。靱帯損傷は靱帯の完全断裂であり、前記早石病院において平成二年八月二八日、縫合手術を受け、以後リハビリを続けたが、平成三年三月段階まで、右手親指を屈曲すると人差し指も同時に屈曲してしまうという症状が継続し、これは平成四年八月まで基本的な変化がなかつた。

頸部捻挫に関しては、同部位の痛みに関するの愁訴は全通院期間継続していたものの他覚的所見は認められない。

〈2〉 症状固定の診断(特に甲一一)

原告徳美は平成四年八月三一日症状固定の診断を受けたが、その際の前記宮川貞男医師の作成の後遺障害診断書によれば、自覚症状としては、左頸部痛、握力低下が、他覚的所見として握力右二七キログラム、左三一キログラム、右親指屈曲時に認差し指が軽度屈曲する症状が指摘されている。

〈4〉 宮川医師の見解(特に証人宮川貞男)

同医師は、「原告徳美の主たる症状は、右手親指の傷害であるが、基本的な症状に変化はなく、平成三年三月末日には症状固定したと考えられる。」との見解を示している。

(裁判所の判断)

(1) 前記認定のように原告徳美の右手親指及び頸椎捻挫に関する症状は全通院期間を通じ基本的変化がないことを考えると、原告徳美は遅くとも本件事故の後、半年以上を経た平成三年三月末日までには症状固定したものと考えられる。宮川医師の見解も同様である。

(2) 右固定時における原告徳美の後遺障害の程度は、等級表一四級に該当するものである。原告徳美の親指の症状は長時間の書き物ができない、包丁を長く持てないという程度であり、痛みは伴うものの握ることも可能である(原告徳美本人)。したがつて、この症状は単独ではその労働能力を低下させるとまでは認められない。しかし、前記の頸部痛による障害(これも他覚的所見に欠け単独では一四級に該当しない。)と併せ考えると、原告徳美の労働能力を低下させるものと考えられ、その程度は等級表一四級に準じるものと考えられる。そして、右労働能力の低下は平成三年三月末の症状固定時期から五年間継続するものと認められる。

2  争点2(原告徳美の妊娠と本件事故との因果関係)

(裁判所の認定事実)

証拠(甲一、二の一ないし三、甲三ないし六、甲九の一、甲一〇の一、二、甲二七、三二ないし三七、乙一四一、一四二、一四三の一、二、原告徳美本人、)によれば、次の各事実を認めることができる。

〈1〉 原告徳美は平成二年六月一〇日(以下特に断らない限り平成二年である。)から七日間生理が続いた後、生理がなかつたので妊娠したのではないかと思つていたが、本件事故時まで診察は受けていなかつた。

〈2〉 本件事故当時原告徳美はシートベルトをして助手席に座つていたが、本件事故による衝撃を受けベルトが締まつた。本件事故は被告が居眠り運転で時速五〇キロメートルの速度のままで対向車線に進出したために発生したもので、原告車も直前にブレーキをかけたとはいえほぼ同速度で進行していたもので、両車両とも大破している。原告徳美は事故後出血等の異常はなかつた。

〈3〉 原告徳美は、八月一七日、金井産婦人科で「最終生理日から考えると妊娠九週と五日に入つている。」との診断を受けたものの、胎児の姿は超音波Bスコープによつても確認できなかつた(特に甲九の一、乙一四一)。同機器によれば、妊娠七週から胎児心拍が確認できる(特に甲二七)。

〈4〉 その後、原告徳美は前記のように右手の手術を受けたがその入院中の八月二九日から出血があり、九月七日、出馬病院において診察を受け、同月一一日同病院に入院し、堕胎手術を受けた(特に甲一〇の一)。

同病院医師出馬淳名は、胎児の大きさから妊娠八週前後で胎児が死亡したとの判断を示している(特に乙一四二、一四三の二)。他方、金井産婦人科医師金井万里子は「事故前に診察をしていないので、流産と本件事故との因果関係は、不明というしかない。」としている(特に甲九の一)

(裁判所の認定)

右〈3〉の事実によれば八月一七日現在において胎児はすでに死亡していたと推認できるが、それ以前のどの時期に死亡したのかは明確ではない。出馬医師は胎児の大きさによって胎児の死亡時期を第八週と推定しており、第八週とは〈3〉の認定事実及び証拠(甲三六、三七)によれば、八月五日から一一日までの間を指すことになるが、個体差があるため、出馬医師の診断も右期間内において胎児が死亡したという確定的判断を示したものとは解されない。したがって「本件事故前に胎児が死亡していた。」との被告の主張は根拠が薄いというべきである。個体差や受胎時期のずれを考えた場合、七月末ころから八月中旬ころまでに死亡したと推認するのが相当である。他方、本件事故は八月一三日に起きたものであり、本件事故の大きさからして原告の腹部に加わった圧力が大きかつたこと、妊娠初期における腹部への圧力は流産の要因となりうること(甲三二)、他に同時期に流産の原因となる出来事も証拠上窺えないことからすると、本件事故による衝撃によつて胎児が死亡したと考えるのが合理的である。

3  原告徳美の損害

〈1〉 治療費 一一五万九六五〇円(主張一九四万三三六〇円)

証拠(乙七六の一、甲七八、八〇、八二、八四、八六、八八、九〇、九二、九四、九六、九八)によれば、事故日から平成三年三月三一日までの産婦人科関係を除く治療費は合計一一四万〇一八〇円である。更に、証拠(甲九の二、甲一〇の三)によれば、金井産婦人科、出馬病院の各治療費が七三三〇円、一万二一四〇円であることが認められ、総治療費は一一五万九六五〇円となる。

〈2〉 入通院交通費 五万円(主張一三万二五二〇円)

証拠(甲一五の一ないし一九、原告徳美本人)及び弁論の全趣旨によれば、交通費として右主張額が支出されたことが認められるが、症状固定日が平成三年三月三一日であること、全面的にタクシー利用の必要性があつたか疑問が残るので内五万円を本件事故と相当因果関係がある損害と認める。

〈3〉 入院雑費 二万九九〇〇円(主張同額)

前記早石病院における入院日数は二二日、出馬病院の入院は一日であり、一日あたりの入院雑費は一三〇〇円と認められるから総計は二万九九〇〇円(一三〇〇円×二三日)となる。

〈4〉 自動車学校の料金 〇円(主張一九万三八〇〇円)

慰謝料において斟酌するにとどめる。

〈5〉 休業損害 六二万二二三八円(主張一五三万〇八〇〇円)

証拠(原告徳美本人)によれば、原告徳美は主婦であるとともに、原告稔の仕事の手伝いをしていたものであることが認められる。

右事実から見て、原告徳美は、当時、平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者三〇歳から三四歳までの平均年収三一一万一二〇〇円の収入に見合う労働をしていたことが認められる。

前記認定の原告徳美の症状の推移、入通院状況を考え併せると、原告徳美は症状固定までの七か月半の間、当初一か月半はその労働能力の八割を、残余の六か月は二割を失ったとみるのが相当であるから、その休業損害は六二万二二三八円となる。

計算式

三一一万一二〇〇円÷一二月×〇・八×一・五月=三一万一一一九円

三一一万一二〇〇円÷一二月×〇・二×六月=三一万一一一九円

なお、右計算は月単位によるため、端数の日数が生じるがこの点は各労働能力喪失割合に折り込みずみである。

〈6〉 逸失利益 六七万八八六三円(主張七一一万七〇六一円)

等級表一四級の労働能力喪失割合は自賠及び労災実務上五パーセントとされていることは当裁判所に顕著であり、このことと原告徳美の仕事の内容を考え併せた場合、原告徳美は、前記年収を基礎に症状固定後五年に亘り、五パーセントの労働能力を喪失したことが認められるから、その逸失利益は六七万八八六三円(三一一万一二〇〇円×〇・〇五×四・三六四)となる。

〈7〉 通院慰謝料一〇〇万円(主張一三一万七二〇〇円)

前記原告徳美の傷害の部位、程度、入通院期間、本件傷害を受け、払い込んでいた自動車学校の料金が無駄になつたこと等を考慮して右金額が相当である。

〈8〉 後遺障害慰謝料 七五万円(主張二〇〇万円)

原告徳美の後遺障害の程度に鑑み、右金額を相当と認める。

〈9〉 胎児死亡による慰謝料一五〇万円(主張三〇〇万円)

前記認定のとおり原告徳美は妊娠約二か月の胎児を失つたものであり、本件審理に顕れた一切の事情を考慮して右金額を相当と認める。

3  原告徳美の賠償額の算定

〈1〉 3の〈1〉ないし〈3〉、〈5〉ないし〈9〉の合計は五七九万〇六五一円である。

〈2〉 〈1〉から前記損害填補額一九二万三八九〇円を差し引くと三八六万六七六一円となる。

〈3〉 右金額、本件審理の内容・経過に鑑み、相当弁護士費用は四〇万円である。

〈4〉 〈2〉〈3〉の合計は四二六万六七六一円であるから、原告徳美の被告に対する請求は右金額及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(三)  原告裕について

1  原告裕の治療費は九万一七三〇円であり、全て被告において支払いずみであることは争いがない。

2  慰謝料三〇万円(主張八〇万円)

慰謝料は、前記争いのない原告裕の傷害の部位・内容、通院期間の他、右手背に長さ四センチメートル、巾〇・五センチメートル、長さ二センチメートル・巾〇・五センチメートルの二つの傷が残つたこと(乙一三九、甲一三)を総合考慮し、三〇万円と認める。

3  弁護士費用三万円

4  よつて、原告裕の被告に対する請求は三三万円及びこれに対する本件事故日である平成二年八月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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